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東京地方裁判所 昭和48年(むのイ)203号 決定 1973年3月06日

被告人 長谷川万枝こと黄龍淵

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一、本件準抗告の申立の趣旨および理由は別紙のとおりである。

二、一件記録および事実取調の結果によれば、被告人は、本件公訴事実と同一の被疑事実(本件覚醒剤譲渡の日時、場所、譲受人を右被疑事実と対比すれば、事実の同一性は認められる。)につき、昭和四七年一〇月一二日大阪地方裁判所裁判官の発した逮捕状により同月一三日逮捕され、翌一四日大阪地方検察庁に送致され、同日より、同月二三日までの一〇日間勾留され、検察官より勾留延長の請求がなされたが、同月二四日大阪地方裁判所第一〇刑事部(準抗告審)において右請求は却下されたため、同日釈放された後、引続き同年一一月一〇日まで大阪府警港警察署に取調のため任意出頭に応じていたが、関係者の取調未了のため、起訴・不起訴の処分が保留されていたところ、同四八年二月一五日東京簡易裁判所裁判官の発した逮捕状により、同月一七日前記被疑事実と同一性のある被疑事実で再び逮捕され(以下本件再逮捕と略称する。)、同月一九日東京地方検察庁に送致され、同日いわゆる逮捕中求令状の形式で公訴提起がなされ、同日東京地方裁判所裁判官富永元順の発した勾留状により同日勾留されるに至つたこと、本件再逮捕の逮捕状請求書には刑事訴訟規則第一四二条第一項第八号所定の事項の記載が欠けており、更に右請求者において、請求当時、右再逮捕の被疑事実と同一性のある被疑事実につき、前記のように被告人が既に逮捕勾留され、釈放後も任意捜査が続けられ、処分保留の状況であつたことを認識していたことがそれぞれ認められる。

三、よつて按ずるに、刑事訴訟法第一九九条第三項、刑事訴訟規則第一四二条第一項第八号の法意は、再逮捕による不当な逮捕の蒸し返しを防止するためであつて、裁判官としては、同号所定事項の記載があつてはじめて逮捕状請求の当否を審査するに際し、不当な逮捕の蒸し返しにあたるかどうか、換言すれば、再逮捕の必要性の有無を適正に判断することができるものというべく、従つて、右記載の欠缺は、単なる逮捕状請求手続上の瑕疵にとどまらず、裁判官の逮捕の必要性の判断に重大な影響を及ぼす手続違反と解すべく、本件においては右欠缺を明白に補正するに足りる資料が逮捕状請求書添付の疎明資料中に存しない以上、本件再逮捕は違法のそしりを免れない。

しかしながら、本件勾留は、公訴提起後における裁判官による勾留であつて、裁判官が独自に職権で勾留の要否を判断するものであり、起訴状中の「逮捕中求令状」の記載は単に裁判官の職権発動を促す事実上の申出にすぎず、又勾留の前手続としていわゆる逮捕前置主義が採用されているわけではなく、逮捕が違法であつても、必ずしも起訴後の勾留が許されぬと解する必然性はない(結果的には、違法逮捕に伴う身柄拘束中の勾留質問に基づき、勾留をすることとなるが、その一事をもつて勾留自体が違法となるものと解することはできない。)。

しかも、本件においては、公訴提起時に、公訴事実と同一の被疑事実につき前に逮捕がなされたことがある旨の疎明資料が存していたことは明らかであつて、勾留裁判官としては、右事実をも斟酌したうえ、職権を発動して被告人を勾留したものであるから、結局勾留裁判官の勾留の理由および必要性に関する判断が妥当なものであつたかどうかを検討すれば足りるものと考えられる。

一件記録および事実取調の結果により認められる本件被告事件の性質、態様、被告人の家族関係等に徴すれば、被告人の刑責の軽重の決定に重大な影響をもつ事項について罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があり、且つ被告人が逃亡すると疑うに足りる相当な理由があり、又前記罪証隠滅、逃亡の虞れの程度に照らせば、再び被告人を勾留する必要性は存するものと考えられ、原裁判官の決定は相当というべきである。

四、よつて本件準抗告の申立は理由がないので、刑事訴訟法第四三二条第四二六条第一項を適用して主文のとおり決定する。

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